「燃えよ剣」司馬遼太郎

燃えよ剣(上) (新潮文庫)燃えよ剣(下) (新潮文庫)
購入して以前にも読んでいたのだが,土方の最後以外は話を全然覚えていないので読み直してみることにした。今回はドラマの顔ぶれを思い出しながら読めたため,大変筋立てが理解しやすかった。また,ドラマは時系列が微妙にずれていたということもこれで気づいた。
覚えていなかったのは,やはり自分が土方を好きになれなかったからなんだなと思う。バラガキ時代のエピソードなどは胸がすくというよりは「こんなことしてなんになる」という気持ちになってしまうし,意外とシャイだとか俳句をひねるとか武士としての誇りとかそこらへんのエピソードも伊東一派の殺害などやり方として好きになれない部分でどうもスンナリ入ってこない。
しかし,ここのくだりは好き。

「土方さん,あなたは大名になりたい,というのですか」
「馬鹿野郎」
歳三は,ひくく怒鳴った。
「なりたかねえよ」
「たしかに?」
「あたりめえだ。武州多摩の生れの喧嘩師歳三が,大名旗本のがらなもんか。おれのやりたいのは,仕事だ。立身なんざ」
「なんざ?」
「考えてやしねえ。おれァ,職人だよ。志士でもなく,なんでもない。天下の事も考えねえようにしている。新選組を天下第一の喧嘩屋に育てたいだけのことだ。おれは,自分の分を知っている」
「安堵した」
沖田は明るく笑ってから,
「近藤さんは,どうなんです」
「心底か」
「ええ」
「そんなことは知らん。あの人が,時世時節を得て大名になろうと,運わるくもとの武州多摩磧をほっつきあるく芋剣客に逆戻りしようと,どっちにしてもおれはあの人を協けるのが仕事さ。しかしおれは,あの人がみずから新選組を捨てるときがおれがあの人と別れるときだ,と思っている」

己の分を知り,サポートの職人であるという生き方はいいな。別な人間の下についていたらどうだったのだろう。自分に見える目標に向かって,己の嗅覚のみを頼りに迷いなく生きるというところは強く惹かれる。