母 三浦綾子

母 (角川文庫)
小林多喜二の母によって,彼女と息子の人生が語られていく。私は予備知識なく読んだので,本当にインタビューしたものだと思ってしまった。三浦綾子は生活感のある暖かい人々の描写がホントにうまいなぁと思う。
この本を読むと多喜二も偉いが両親も非常に立派だ。自分はもう働き者大好きっ子なのでこのお母さんの若いころなんか読んでるとほだされてしまって仕方がない。真面目な夫と暮らしながら人に迷惑をかけないように,そしてタコ部屋で死ぬような思いをしている人たちに心から同情している。そういう小林家の様子が非常にリアリティを持って伝わってくる。今ではそうないことかもしれないのにリアルなのだ。
多喜二は真面目で熱い男として描写されていて,英雄的な青年だ。その活動的な様子が印象的だが,ふともらした以下の言葉が心に残った。

でもな母さん,世の中っていうのは,一時だって同じままでいることはないんだよ。世の中は必ず変わっていくもんだ。悪く変わるか,よく変わるかはわからんけど,変わるもんだよ母さん。そう思うとおれは,よく変わるようにと思って,体張ってでも小説書かにゃあと思うんだ

多喜二が惨殺され,やりきれぬ思いで過ごす母。

それでも,つい習慣で,おまんまを頂く時,手を合わせて,
「神さま仏さま,頂きます」
って言ってしまったりしたが,気がついては,
「何が神さま仏さまか」
と,荒々しい気持ちになってねえ。

この描写も彼女の敬虔さとそれでもなお変わらぬ現実を見せてくれていると思う。そんな中,多喜二の母は何度も多喜二の夢を見たと語る。

夢って,いったい何だべな。それでも夢にでも現れてくれれば,そりゃあ泣いたり辛かったりしても,やっぱりほんとうに会ったような気が半分はして,慰められるもんだ。これ,絶対夢を見ないもんだら,寂しいもんでないべかね。

こういう風に物理的なものでなく,心のありように素直に慰められていく姿は美しい。